心配メール
随分と不遜なことを書くようだが、大阪で何か大きめの事故があるたびに全国津々浦々から心配のメールが届く。
社会や他人に対して何かと世知辛い世の中において、きっとこれは人も羨む境遇なのだろう。
けれども、俺はそんなことをされても嬉しくはないし、そもそもそういうことを望んではいない。
その心理は、俺はどんな事故にも不死身な強い男だと思いたいのだろう。
ゆえに、心配されると逆に不快になるといういささか性格の曲がったところがある。
本来なら気の利いた一言でも返してやればいいのだろうが、そのほとんどは無視される。
この傾向は以後も変わらぬと思われる。
だから、その手のメールは無用だ。
最近であれば、梅田のど真ん中で車が暴走して死者が出たときに届いたな。
こんな俺だから、きっと入院するようなことがあれば見舞い客に対して逆に腹を立ててしまうのだろう。
昔から寂しがり屋な男を見ると内心で馬鹿にしてしまう。
酒の席でふとそんな一面を見せられると「けっ...」となり、慰める代わりにさっさと店を出たくなる。
最も、これはあくまで男の場合の話だ。
女の寂しがり屋な性格は当たり前だと思っている。
優しく包み込んだりはしないが十分に理解はしているし、少なくとも馬鹿にすることはない。