スーパーの豆腐

結局はプラスマイナスゼロ、これは俺の生きる上での指針の一つだ。

楽あれば苦あり、苦あれば楽あり...

俺が胸襟を開いた相手に対してこういう話をすると「では苦労苦労の連続で死んでいった人はどうなのか?」という反論が必ず返ってくる。

けれども、それは人はこの世の一生が全てであるという発想によるもので、死んだ後の事が全く考慮されていない。

苦労苦労の連続で(傍目からは惨めに)死んで行った人というのは、次のステージではプラスマイナスゼロの原則により正の対価を受け取ることになる。

で、今回俺は何が言いたいのかと言えば、日々少しづつでも小さな損を積み重ねておけば、それが将来における幸せ貯金になるということだ。

死後の魂の時間は永いので、お金を貯めるよりもよほど大切なことである。

その一例として俺が行っているのが、スーパーで豆腐や牛乳を買う際、なるべく古い物から買うということ。

もったいないの精神に賛同しながらいざ自分の買い物では最も新しい商品をわざわざより分けて買う、これでは話にならない。

微力だが、フードロスも減るので一石二鳥だ。

断言するが、売り物として並んでいる商品であれば古い豆腐と新しい豆腐を食べ比べたところで誰にもわからない。

だから、これほど積極的に損すべき良いチャンスもなかなかない、というのが俺の考えだ。

そうやって誰も買いたがらない古い豆腐を買い、日々得を積む。

ぜひやったらいいと思う。

もう一点、コンビニのレジには必ず募金箱が置いてある。

そこに釣りの1円玉を入れるのは俺の長年の習慣だ。

だから何だと言われれば答えにくいが、要するに何事も与えてこそ入ってくる。

だから、俺の収入は大したことないが、今まで金に不自由したことがない。

少しでいいから日々損して日々与える。

当サイトをご覧のM女には明日から古い豆腐を買うことを強くすすめる。

ただし、便宜上俺はその行為を幸せ貯金と称して説明したが、そんなことさえ忘れる。

見返りなど求めず、無心に古い豆腐を買い、一円玉を募金箱に入れる、ただそれだけのことだ。

 

 

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